以下は平成11年11月12日に被控訴人が大阪高等裁判所に提出した、準備書面(四)です。控訴人 代理人からいただいたコピーをOCR作成したものですので、 乱丁があるかもわかりませんので、そのつもりでご参照ください。




平成十一年(ネ)第三六二号 損害賠償等請求控訴事件

           控訴人 山 口 薫
           被控訴人 五色町

   平成十一年十一月十二日
        被控訴人訟代理人
         弁護士 道上 明
         弁護士 伊藤 信二


大阪高等裁判所 第一民事部一係 御中

準備書面(四)


第一「知る権利の侵害」についての反論


一 本件の法律上の問題点
1 控訴人が指摘する表現の自由、知る権利の意義については、被控訴人としても勿論否定するものではないが、これは本件の問題点に直接関連するものではない。本件の法律上の問題点を再度確認すると、一つは、表現の自由を定めた憲法二一条が本件に適用されるかどうかの点てあり、もう一つは、本件広告放送中止行為の正当性の判断基準をどう設定するかの二点にある。


2 有の二点については、被控訴人が再三述ぺるとおリ、最高裁でも既に判断がなされているところである。前者については、最高裁平成元年六月二〇日判決(百里基地判決)にしたがい、「憲法の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解するのが相当」である。したがって、本件では、控訴人にとっても被控訴人にとっても、憲法上の表現の自由(知る権利)や、二重の基準論などは問題になリ得ず、民法上の債務不履行の成否が問題になるにとどまる。


3 その上で、後者については、最高裁九年一〇月一四日判決(原発バイパイCM判決)で支持された高松地裁平成五年二月一六日判決が説くとおリ、「権利の濫用にわたらない限り、放送事業者のなす自主的判断が尊重されるべきである」との判断基準が採用されるべきである。そして、本件では、行政の中立性と町政の混乱防止を図ろうとした町長に権利の濫用などは到底認められず、町長の行った放送中止の判断が尊重されて然るべきであるという結論が導かれることになる。

二 その他の問題点
1 控訴人は、本件訴訟における損害としては、控訴人が主催する学習集会を住民に広く告知する機会を奪われたことと、住民の知る権利が奪われたことを主張する。しかし、これも既に述べたとおリ、控訴人が代表者をつとめた第一回五色淡路未来フォーラムは、約一二〇名の呼かけ人の協力のもとに成功裏に終わったというのであるから(乙二五)、控訴人には現実的には何も損害は生じていないというぺきである。
 控訴人は、この点に関連して、五色町内には賛成派・反対派の対立、混乱は存しなかった旨改めて主張しているが、これも既に被控訴人の準備書面(三)を中心に詳細に反論したとおリである。


2 また、控訴人は、本件の真相として、被控訴人ないし砂尾町長は、住民が建設残土の汚染問題について知識・情報を得ようとする動きを嫌ったため、本件広告放送を即座に中止させたものであると主張する。しかし、この主張は単なる臆測、それも自己に都合の良い一方的な憶測でしかない。なぜなら、町長は、本件広告放送中止の前から、町の意見を住民に説明したいと考えて第一回五色淡路未来フォーラムに出席することを決め、フォーラムの席上では自ら条例制定の見通しや、建設残土の安全性、建設残土搬入問題についての町の意見を述ぺていたからである(乙八の五頁、乙一八の一頁、砂尾氏の本人調書三六項)。このことからして、町長が住民の混乱を避けるべく必要な情報を提供、説明しようとしたことは明らかであり、控訴人が「本件の真相」として指摘する内容は、根拠のない勝手な思い込みに過ぎないと言わざるを得ない。

第二 「斎藤前町長の供述のまとめ」に対する反論


一 斎藤前町長の供述の信用性
 控訴人は、斎藤前町長は、砂尾町長との間に対立はなく、客観的、中主的立場の人物であると述べているが、これらは全く事実に反するものである。斎藤証人は、平成七年の五色町町長選挙において砂尾町長の対立候補であった岡氏を自分の後継者としたものであるし、同証人は、汚染されているかどうかを問わず、建設残土搬入間題の反対している人物だからである(同証人三一頁)。さらに、同人は、控訴人が代表をつとめる五色淡路未来フォーラムに寄付を行ったり(同頁)、現在も控訴人が副委員長をつとめる緑の地球ネットワーク大学の事務局長の地位にある人物でもあるから(同四三夏)、同人が本件について中立的であるとは決していえない。控訴人と斎藤証人の間には、右のような濃密な関係があるというのが実際である。
 したがって、斎藤証人の証言内容に逐一反論することは不必要であると考えるが、控訴人が主張する各点について必要な範囲で反論を行う。
 
二 淡路五色ケーブルテレビ設置の趣旨
 本件ケーブルテレビは、電波を利用した従来のテレビ放送システムでは町内に難視聴の地区(山間地区)がどうしても残ってしまうことから、主としてこれを解消する目的で設置されたものである。ところで、ケーブルテレビの設置目的はさておき、その運営が適切であるかどうかは、ケーブルテレビの利用が規則に従っているかどうかによって判断されるものである。これは、ケーブルテレビ設置の趣旨といった漠然したものに照らして判断されるべき問題ではない。本件では、五色町情報センター広告放送取扱要項がその規則にあたるが、町長はこの要綱を適用して本件広告放送の中止を決定したものであるから、これに違法な点は見当らない。
 
三 町長の決裁権限
 控訴人は、斎藤証言によリつつ、町長に広告放送の中止決定権はないと主張する。しかし、五色町情報センター広告放送取扱要項二条一五号には、「その他放送することが不適当と『町長』が,認めるもの」と明確に規定されているのであるから、町長が広告放送中止についての裁量権、決定権を有していることは明らかである。
 
四 建設残土搬入間題をめぐる住民の状況
 控訴人は、斎藤証言をも参照しながら、五色町内には建設残土搬入問題について賛成派、反対派の対立はなかったと改めて主張している。しかし、これについては、前記のとおり、被控訴人の準備書面(三)を中心に、控訴人の主張の問題点につき詳細に反論したとおリである。但し、これに一点つけ加えるならば、斎藤証人は、当時五色町内であった反対派の行動のうち、平成九年三月ころ鳥飼地区を中心に行われた三五七七名の反対署名活動については知っていたというものの、その他の極楽寺での反対派集会、大浜町での反対派集会については、存在自体知らなかったというのであるから(同証人四〇頁)、斎藤証人は両派の対立の有無について判断できる程の情報を有していなかったということができる。これは賛成派の動きについても同じであるが(同四一頁)、斎藤証人の知らないところで両派の対立は次第に激化していったものである。この激化の様子は、賛成派、反対派の両派から直接意見をよせられた町長でなければ十分に理解できないところであろうと思料される。

第三 「憲法の直接適用について」に対する反論


一 控訴人は、町長の本件広告放送中止は憲法九八条一項の「国務に関するその他の行為」に該当すると主張するが、これは同条項の解釈として正当ではない。本準備書面でも引用した最高裁平成元年六月二〇日判決(百里基地判決)は、「国務に関するその他の行為」とは、「同条項に列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い換えれ.ば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、・・・国の行為であっても、私人と対等の立場で行う国の行為は、右のような規範の定立を伴わないから憲法九八条一項にいう『国務に関するその他の行為』に該当しない」と判示しているからである。本件の広告放送契約に関する行為が法規範の定立にあたらないことは明白である。

二 控訴人は、他の観点からも、本件における憲法の直接適用を屡々述べているが、右の最高裁判決(百里基地判決)にしたがう限り、直接適用が認められる余地はない。控訴人は、ステート・アクションの法理についても言及しているが、この法理がわが国でも妥当するかどうかには更に十分な検討が必要であるし、この法理の適用を認めることは右の最高裁判決(百里基地判決)に反する結果になると思料される。
 なお、控訴人が指摘するように、人権規定中には私人間への直接適用を当然前提にした憲法一八条、二四条、二七条三項、二八条のような規定も存在することは確かであるが、本件で問題となっている憲法二一条一項はそのような規定ではないから、いずれにしても直接適用は認められない。